カートコバーン

カートコバーン

グランジロック界最大のビッグネーム、ニルバーナ(Nirvana)のリードボーカリスト兼リードギターリスト、殆どの曲のソングライティングも担当していました。

カートコバーン誕生

1967年2月20日アメリカ合衆国ワシントン州アバディーン出身、本名はカート・ドナルド・コベイン(Curt Donald Cobain)です。父エドナルド・コベイン(自動車整備工)、母ウェンディ・フレイデンバーグ(ウェイトレス)夫妻の間に誕生しました。

1975年両親の離婚を境に内向的な性格になり、そのころから音楽、美術に興味を持ち始めました。14歳の時に叔父からギターをプレゼントされ、当初はAC/DC、レッドツェッペリンなどを演奏していましたが、その後はパンクバンド「メルヴィンズ(The Melvins)」に多大なる影響を受けました。


ニルバーナ結成

高校に進学するも、周りは80年代のヘヴィーメタル全盛期で、カートコバーンのやりたいパンクロックに興味を示すものはいませんでした。そんな時に出会ったのが後にニルバーナを一緒に結成することとなるクリス・ノヴォゼリック(Chris Novoselic)でした。当初クリスノヴォゼリックはカートコバーンとのバンド結成に乗り気ではありませんでしたが、カートコバーンの前バンドFecal Matterのデモテープを聴き渋々バンドを結成、ニルバーナ(涅槃の意味)と名づけました。

その後ドラムにチャド・チャニング(Chad Channing)を加え、1988年10月インディーズレーベルのサブポップより「ラブ・バズ(Love Buzz)」(ショッキング・ブルーのカバー曲)でデビューしました。1989年はじめてのアルバム『ブリーチ』を同サブポップより発表。後にドラムにデイブ・グロール(Dave Grohl)を迎えました。


ネヴァーマインド発表

1990年カートコバーン、クリスノヴォゼリック、デイブグロールのメンバーが固まり、アルバム製作に入りました。1991年メジャーレーベルのゲフィンよりメジャー1stアルバム『ネヴァーマインド』を発表しました。こうしてグランジロックが誕生したのです!

 『ネヴァーマインド』は当時の80年代へヴィーメタルを葬り去り、アメリカ音楽業界に大衝撃を与えました。シングルカットされた「スメルズ・ライク・ティーンスピリット」は、ビルボード最高6位を記録、その年のベストシングルとして多くの音楽評論家から絶賛されました。しかしカートコバーンは、この曲が好きではなく、ライブでの演奏にはあまり乗り気ではなかった様です。

グランジブーム到来

ニルバーナを筆頭に、シアトルから続々とグランジ(Grungy)バンドが登場しました。グリーン・リバー、パールジャム、サウンドガーデン、ダイナソーJr.、ソニック・ユース、マッド・ハニー、スマッシング・パンプキンズ、などです。ファッションもグランジ(薄汚れた)の通り穴だらけのジーンズに、ヨレヨレのネルシャツ、ボロボロのカーディガンだったりします。


成功と葛藤

もともとアンダーグラウンドに根ざした活動をしていた、また好んでいたカートコバーンにとって、突然の思いもよらない商業的な成功は、自己矛盾の始まりでもありました。メディアの取り上げるカートコバーン像と、彼自身が感じる自分らしさとの間に矛盾を感じ、自分の信念を裏切っているのでは? 虚像と実像の間で葛藤を感じ始めます。

この頃(1991年頃)彼は、バンド「ホール」のボーカリストであるコートニー・ラブと結婚しました。翌1992年には二人の間に、娘(フランシス・ビーン・コバーン)をもうけています。ここでも妊娠中のコ−トニーの薬の使用により養育権に伴う裁判が行われ、マスコミの餌食となってしまいました。追い討ちをかけるようにカートコバーンの薬への依存が増し、ニルバーナは一時活動休止状態に陥ってしまいます。同年コンピレーションアルバム『インスティサイド』発表されました。


原点回帰

1993年、ニューアルバム「イン・ユーテロ」発表されました。1stアルバムのメジャー指向に嫌気が差したカートコバーンは、プロデューサーにスティーヴ・アルビニを向かえ、原点回帰ともいえるアンダーグラウンド指向の強い作品となりました。賛否両論のアルバムとなったのですが、英米でチャート1位に輝くなど商業的には成功しました。


ラスト・デイズ

少年時からのうつ病や、極度の薬の依存により追い詰められていったカートコバーンは、大成功からくる重圧に耐え切れず、奇行が目立つようになってきます。1994年2月から始まったヨーロッパツアー中ミンュヘンのホテルで昏睡しているところを発見され、ツアーは中断されます。

その後アメリカのリハビリ施設に入院しましたが脱出してしまいます。必死の捜索にもかかわらず、ついにその日はやってきてしまいます。1994年4月5日カートコバーンは、自宅ガレージで自らの頭をショットガンで撃ち抜いてしまいました。享年27歳であります。最後に残した手紙にはニール・ヤングの「ヘイ・ヘイ・マイ・マイ」の一部から「錆びるよりは、燃え尽きたい」と書かれていました。この最後の数日は映画化されています、監督脚本ガス・ヴァン・サント、主演マイケル・ピット『ラスト・デイズ』です。


ニルバーナ・ベスト発表

2002年カートコバーンが、いってから8年もたっていますが、カートコバーンが1994年1月30日最後にセッションした「ユー・ノウ・ユーアー・ライト」を含む全16曲入りのベスト盤が発表されました。

1曲目「ユー・ノウ・ユーアー・ライト(You Know You’re Right)」まさにカートコバーン最後の魂の叫びです。

2曲目「アバウト・ア・ガール(About A Girl)」これはサブポップからのアルバム「ブリーチ」に収録されていたものです、デビューシングル「ラヴ・バズ」より古くにレコーディングされたそうです。

3曲目「ビーン・ア・サン(Been A Son)」は、1989年6月に録音されイギリスのみで発表されたEP盤に収録されています。

4曲目「スリヴァー(Sliver)」は1990年12月にリリースされた曲、ドラムはマッド・ハニーのダン・ビーダスが叩いています。

5曲目「スメルズ・ライク・ティーン・スピリット(Smells Like Teen Spirit)」6曲目「カム・アズ・ユー・アー(Come As You Are)」

7曲目「リチウム(Lithium)」8曲目「イン・ブルーム(In Bloom)」5〜8曲目はアルバム「ネヴァーマインド」に収録されたものです。

9曲目「ハート・シェイプト・ボックス(Heart-Shaped Box)」

10曲目「ペニーロイヤル・ティー(Pennyroyal Tea)」

12曲目「ダム(Dumb)」13曲目「オール・アポロジーズ(All Apologies)」9〜13曲目はアルバム「イン・ユーテロ」に収録されたもの。

14曲目「世界を売った男(The Man Who Sold The World)」

15曲目「サムシング・イン・ザ・ウェイ(Something In The Way)」

16曲目「ホエア・ディド・ユー・スリープ・ラスト・ナイト(Where Did You Sleep Last Night)」13〜16曲目は「MTVアンプラグド・イン・ニューヨーク」として1994年10月にリリースされています。


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