モーツァルト

モーツァルト

2006年に生誕250周年を迎えた世界的音楽家モーツァルト。幼少時代には神童とも呼ばれ、数多くの有名な楽曲を作曲し、この世にそれを残してきました。クラシック音楽に興味がない人でもその存在と、その音楽を一度は聴いたことがあるはず。それだけモーツァルトの音楽というものは、多くの人に親しまれているのです。では、モーツァルトの生涯、作品などについてご紹介します。

モーツァルトの生涯と人物像

多くの名曲を作り、華やかな生活を送っているように感じられるモーツァルト。数多くの名曲を作曲しているモーツァルトなのですから、お金に困っている様子というのは、想像しにくいものですよね。しかし、本当にモーツァルトは、ずっと裕福な環境で生活してきたのでしょうか?また、モーツァルトという人間はどういった人物だったのでしょうか?

モーツァルトの幼少時代

幼少時代には、神童と呼ばれ音楽に対してのその才能は高く評価され、ザルツブルクの宮廷作曲家であるモーツァルトの父親はモーツァルトに多くの音楽に関する教育をさせたといいます。これによってモーツァルトは、当時やっと普及が始まったピアノを3歳から習いはじめたといいます。

また、逸話として、モーツァルトは「音楽の父」とも呼ばれるバッハの息子の膝の上に座り、ピアノ連弾を行ったと言われています。因みに、モーツァルトがはじめて作曲を行ったのは5歳のときで、さらに6歳の時にはマリー・アントワネットの母親であり、女帝と呼ばれていたマリア・テレジアの前で演奏を行ったといいます。

モーツァルトのフリーへの転職と結婚

当初、モーツァルトは父親と同じくザルツブルクの大司教ヒエロニュムス・コロレドの宮廷に仕えていましたが、25歳のときにコロレドと衝突してしまい、それ以来ザルツブルクの大司教ヒエロニュムス・コロレドの宮廷から解雇されてしまいます。

それ以降は、モーツァルトはウィーンに定住し、フリーの音楽家として活動を始めます。そして翌年には、父親の反対を押し切ってコンスタンツェ・ヴェーバーと結婚しました。

余談・モーツァルトの妻は悪妻?
コンスタンツェは世界三大悪妻にあげられることもあります。しかし、本当にモーツァルトにとってこのコンスタンツェは悪妻だったのでしょうか?

主に悪妻として見られる理由として、「再婚したから」「モーツァルトの楽譜を売り払ってしまったから」などの理由があげられますが、これはその時代の状況を考えれば、仕方のないことだったといます。モーツァルトの妻として生活した8年間の間に6度の妊娠を経験し、6度とも出産をしたコンスタンツェに2人の子供を抱えて生活していく財力や力があったのか?と考えると、コンスタンツェが悪妻といえるでしょうか?

モーツァルトの収入と浪費

宮廷仕えを辞め、コンスタンツェと結婚したモーツァルトは、演奏会やオペラの作曲、個人レッスン、楽譜の出版などの仕事をこなして収入を得ていました。素晴らしい才能を持っていたモーツァルトですが、一時期は仕事があまりもらえず、収入が減るということもあったそうです。

しかし、収入が減ったからといってモーツァルトにしても、コンスタンツェにしても、高いものを買ったり、何度も引越しをしたりという浪費はやめられなかったといいます。また、モーツァルトはギャンブラーであったのではないかとも言われています。

モーツァルトの最後

多くの名曲を残したモーツァルトでしたが、その生涯は短く35歳という若さでこの世を去りました。三大レクイエムに入れられるモーツァルトのレクイエムの完成させることができなかったものの、このレクイエムはモーツァルトにとって生涯最後の曲となりました。因みに、モーツァルトはこの世を去った原因は、病によるもので、急性粟粒疹熱とウィーン市での公式な記録では記されていますが、実際のところはリューマチ性炎症熱であったという説が有力なようです。

余談・モーツァルトが眠るところは…?
浪費が激しかったモーツァルトは、借金を負っていました。そのため、葬儀は偉大な音楽家の最後を傷むものとは思えないほど質素なもので、さらに共同墓地に埋められてしまったため、現在でもモーツァルトが眠っている場所は分からず、ウィーンに立てられているモーツァルトの墓標の下に、モーツァルトが眠っているわけではありません。


モーツァルトの代表曲

レクイエム、魔笛、トルコ行進曲といったモーツァルトの曲には多くの人に知られている作品が多くあります。もし、聞いたことのない題名の曲でも、メロディを聞くと「あ、知ってる!」と思わず声が出てしまうのではないでしょうか?では、そんなモーツァルトの作曲した音楽の中でも多くの人が知っている曲についてご紹介します。

きらきら星変奏曲

童謡の「きらきら星」の原曲です。この曲に歌詞がついたのはモーツァルトが没した後のことですが、もともとは子供向けの歌ではなく、恋の歌でした。しかし、時が経つにつれて恋の歌は、子供のための曲に姿を変えていました。この「きらきら星変奏曲」は、簡単そうに見えて意外と難しく、A(簡単)〜F(複雑)の難しさの評価でDを得ています。

レクイエム

ヴェルディ、フォーレのレクイエムと並んで三大レクイエムと言われるのが、モーツァルトのレクイエムです。このレクイエムの作曲するきっかけは匿名の依頼人からでした。この匿名というミステリアスな響きに、モーツァルトは黄泉の国の使者から自分ためのレクイエムを作るようにいわれたのではないかなどの伝説が生まれた曲でもあります。この曲はモーツァルトを特集したコンサートなどでもよく演奏される曲です。

魔笛

フィガロの結婚やドン・ジョヴァンニといったモーツァルトンの作曲したオペラ作品の中でも、有名な作品です。若干、庶民向けのオペラであるために、オペラのストーリー的には色々な矛盾点もありますが、それでも非常に面白味のある魅力的な作品といえます。そして、魔笛のストーリーを盛り上げるのがモーツァルトの才能が光る音楽です。特に夜の女王のアリアなどが有名です。

トルコ行進曲

誰しも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?本来はピアノソナタという三楽章で構成される曲の第三楽章に位置する曲なのですが、一度聞くと忘れられない軽快なテンポで奏でられる独特のフレーズが印象的なこのトルコ行進曲は、有名なのでトルコ行進曲だけが演奏されることも多く、トルコ行進曲がピアノソナタだと知らない方も多いかもしれません。


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